- 2023.12.14
- 一般公開
終戦時、人の為に働いた珍吉と水軍隊
『週刊新潮』 2023年12月14日号日本ルネッサンス 第1077回尖閣戦時遭難事件・大東亜戦争で日本が敗戦する直前の昭和20(1945)年7月から8月にかけて起きた悲劇について、私は門田隆将氏の近著『尖閣1945』(産経新聞出版)を読んで知った。大東亜戦争の末期、米軍の沖縄、八重山諸島への上陸を恐れた日本は石垣島住民の台湾疎開を進めていた。石垣島には4、5、6の各月、延べにして1000機を超える米英軍機による空襲があったという。どれほど激しい戦火に見舞われていたことか。第三十二軍司令官、牛島満中将は米軍との戦いで沖縄本島南端の摩文仁(まぶに)の丘まで追い詰められ、6月22日、自決した。そうした状況下の6月30日夜、最後の疎開船3隻が約200人を乗せて石垣島から台湾に向かって出港した。3隻を無事に送り届ける任務を命じられたのが「水軍隊」だった。...